<紹介>釜ケ崎のまち再生フォーラムの活動

03/10/23更新
■地域状況
 釜ヶ崎地域は大阪市西成区にあり、約2万人の単身日雇い労働者と約160軒の簡易宿泊所(ホテル)が密集している、寄せ場と呼ばれる労働者コミュニティです。しかし、近年の経済不振と労働者たち自身の高齢化(平均55歳)にともなって、地域内外は数千人規模の野宿者であふれるようになりました。大阪府下全域7,757人(大阪市内で6,503人)の野宿生活者のうち(2003年春の調査)、約半分は釜ヶ崎での日雇い生活経験者と見られています。


■フォーラムの目的としくみ
 こうした状況の中で、1999年秋に、釜ヶ崎居住COMの呼びかけで「釜ヶ崎のまち再生フォーラム」が創設されました。会の目的は、「釜ヶ崎地域において、フォーラムやワークショップを実施し、構成する住民層の暮らしを再建する方向でのまちづくりビジョンをさぐり、あわせて事業化を促進する」ことです。 フォーラムは、「釜ケ崎のまちの再生」というまちづくりの視点に立った「個人のゆるやかなネットワーク」です。やる気のある個人のネットワークだからこそ、閉塞状況の中でも、小回りのきくアクションができます。役所まかせではない、住民の意志をくんだ自発的なまちづくり活動の展開をめざしています。参加者それぞれが、まずは個々人の自由な立場と自由な発想にたちかえることで、ワークショップなどを通してまちづくりビジョンをさぐり(=最初の共通目標は「元野宿の単身高齢者も含めてだれでもが住み続けられるまちづくり」)、それを共有化し、その事業化のヒントをもさぐる。 →資料イラスト参照。 そこでの成果物を自分の所属団体に持ち帰り、働きかけることによって、結果として地域の諸団体すべてが共通のまちづくりビジョンに向かってゆるやかに協働していける。そうすることで、すべての住民が居住・医療・福祉についてなるべく多くの選択肢を得ることができ、住み続けられる。これがフォーラムのしくみであり、望みです。 実際に、そうすることでフォーラムはこの4年間大きな可能性を発揮してきました。


■具体的活動内容
 2000年には簡易宿泊所組合との協働で簡宿短期宿泊援助制度を産みました。これは簡宿組合が1日6-10室を無料提供し、希望者への紹介窓口を西成労働福祉センターとするという官民連携の制度です。 さらに、簡易宿泊所を部分的に改造した「サポーティブハウス」という新タイプの住居が9軒オープンし、どこもほぼ満室状態(総計約1,000人)になっています。「サポーティブハウス」では、手すりを設置するなどバリアフリー対応とし、共同リビングを備え、また従業員が居住者それぞれの身体状況や生活状況に合わせて各種相談に応じるなど、居住者の生活をささえ応援するさまざまな工夫が凝らされています。また、野宿状態からでもすぐ入居できるように、入居時の保証金も保証人も不要としています。目的は、高齢や病気などのために働けなくなった野宿生活者が、生活保護を活用して住居を獲得し、二度と野宿に戻らず、福祉的自立とおだやかな老後生活をおくれるように支援することです。 このほかにも、「釜ヶ崎のまち再生フォーラム」に参加する個々人を通じて諸団体によるさまざまな活動が展開されてきました。安否確認巡回事業や介護事業、仕事づくりのこころみなどです。みんなが会議や交流目的で手軽に集まれる太子福祉館や釜ヶ崎eggs(釜ヶ崎まちづくりNPO合同事務所)も、まちづくり趣旨に賛同する簡宿経営者たちから提供されました。ささえあいづくりのために、独自に地域通貨(「カマ通貨」)を流通させるユニークな試みも行なっています。このような活動をささえる幅広い人材に集まってもらうため、2001年秋からは「釜ヶ崎ボランティア養成講座」の開講と講座修了生らで構成するボランティア連絡会づくり、ボランティア・研究者優待制度、菜園の会や識字教室の運営への協力などが行なわれてきました。 2003年春には「投票へ行こう!社会再参加キャンペーン」実行委員会を立ちあげ、実際にこの地区だけが投票率をあげるという成果に貢献しました。 さらには、私たちが「野宿生活者の社会復帰を実現するモデル区域」と名づけて活動に取り組んできた区域では、「釜ヶ崎のまち再生フォーラム」参加者が推進力となって、新しい町会がつくられました。 市の地域福祉計画参加に向けて医療福祉NPOや支援ボランティアなどの自助ネットワーク=「萩之茶屋たすけあいネット」もたちあがり、今後は西成市民館建て替え=「萩之茶屋地域福祉総合センター」(仮称)の建設、地域のあらゆる人々との共生をめざした次なるまちづくりビジョン(ネクストステージビジョン)の策定が課題となっています。


■失敗もある
もちろん、うまくいくことばかりではありません。運動が進み、参加者の多くが事業に関わる度合いを増すにつれて、個性や手法、利害のぶつかりあいも生じてきます。2003年になって、ネットワークに参加している一介護事業所の運営のあり方をめぐって、騒動と混乱も経験しました。 それでもまちづくりネットワークの長所は、あるテーマでの大ネットワークで協働関係が切れた個々人どおしでも、別なテーマでの小ネットワークを通じて間接的に結ばれ、結局はお互いを生かしあえる道を確保できることです。 運動をすすめるにあたっては人と人の「信頼と敬意」の関係づくりが何よりもたいせつだということも学びました。  野宿生活者それぞれへの支援だけではなく、だれもが安心して住み続けられるためのまちづくりをいよいよ地域ぐるみで本格化させなければならないときです。



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