新しいまちの全体ビジョン

●地域再生の抜本策

セカンドステージ


各論
<居住の安定化プラン>

新聞記事画像

簡易宿泊所、住宅改造進む 大阪・釜ケ崎 【大阪】
       2000年08月26日 朝日新聞朝刊 023ページ オピニオン1

 労働者のまち、大阪市西成区の釜ケ崎(あいりん地区)でこの夏、約百人の高齢野
宿者が簡易宿泊所(ドヤ)を改善したマンションに入居し、全員が生活保護を認めら
れた。九月には同規模の転用第二号が開業する見込みだ。大阪市は簡宿のままでの生
活保護は認めていないが、簡宿業者がマンションやアパートに転用する動きを強めれ
ば、大阪でも野宿者が「畳の上で暮らせる」道が大きく開かれることになる。「釜ケ
崎」再生のなかで野宿者救済を模索した市民運動の具体的な成果でもある。(編集委
員・政井孝道)

 ●仕事のめどなく
 公園などの「特別清掃事業」を大阪市から委託されているNPO法人「釜ケ崎支援
機構」は最近、「まだいける、はもうあぶない 転ばぬ先の福祉」と題したビラで、
「アパートに入居しさえすれば、たいした面倒もなく居宅保護を受けることができ
る」と書いた。六十五歳以上の高齢者に改装アパートへの申請を呼びかけたものだ。
 松繁逸夫事務局長は「高齢者の仕事は、寄せ場の釜ケ崎でも見つからない。それな
ら高齢者が積極的に生活保護を受け、少しでも若い人に仕事を回すことを考えた方が
いい」と話す。
 同機構の調査によると、特別就労登録二千八百十五人のうち六十五歳以上は四人に
一人。その半数は野宿生活者で、六割近くが居宅保護を求めていた。また、野宿者に
一週間程度の宿泊や食事を提供している生活ケアセンター(社会福祉法人「自彊館」
内)の調査でも、この五カ月間に初めて入所した約千八百人の七割は野宿者で、退所
後も「仕事のめどがある」と答えたのは四人に一人。一時避難者も野宿を繰り返して
いる。
 松繁さんらを元気づけたのは簡宿転用の福祉マンションが相次いでお目見えしたこ
とだ。六月中旬、西成署裏に開業した第一号の「アプリシェイト」(鉄骨六階建て、
山田和英さん経営)に続いて、九月にはすぐ近くで「シニアハウス陽だまり」(同、
宮地泰子さん経営)が営業を開始する。
 山田さんのは開業から二カ月足らずで、三畳の個室約百室が六十五歳以上の野宿生
活者で埋まり、全員の生活保護も認められた。宮地さんの方も百室あり、これから希
望者を受け入れる。
 両マンションとも一階の客室の壁をこわして共同リビングをつくった。高齢者用に
廊下の段差をゆるめたり、共同炊事場を広げたりした。従業員には生活相談員の訓練
もした。「この機に少しでも住環境を良くしたい。寂しがる人が多いので、入居後の
アフターケアにも心を配りたい」と宮地さん。

 ●公園で入居勧誘
 野宿者のマンション入居は、従業員や地域のNPOやボランティアらと市内の公園
を勧誘して回った。「野宿から抜け出そう」「畳の上で暮らそう」。そんなビラを読
んでもらいながら、「保証金や保証人はいらない」と説得したという。
 釜ケ崎の簡易宿泊所はざっと二万人分あるが、大阪市は横浜市や東京都と違い、簡
宿での居宅保護を認めていない。「宿屋であって住居でない」というのが公式の理由
だが、実際は旅館の廃業届けをすれば、アパートとして生活保護を認めている。
 しかし、これでは簡宿の看板をマンションやアパートに書き換えるだけで、地域の
環境は悪化しかねない。かといって野宿生活者を放置することも許されない。

 ●「定住の街」へ
 この問題に挑戦したのは、去年秋、NPOやボランティアを中心に発足した「釜ケ
崎のまち再生フォーラム」(事務局長は西成労働福祉センター職員で、漫画家ありむ
ら潜さん)だ。
 釜ケ崎は建設関係の日雇い労働の激減で「寄せ場」機能を失い、仕事のない高齢労
働者の多くが野宿に追いやられている。同フォーラムは、元気な労働者にとっての
「漂流の地」を、高齢者にとっては「定住の街」に変えることが必要だと、高齢野宿
者の居住問題の解決を最優先にした。
 「野宿から一気に恒久住宅へ、が無理なら当面は簡宿の改善と活用を訴えようでは
ないか」。ありむらさんらは何回もワークショップを重ねながら、現実的で同時に地
区環境の改善につながる方法を模索した。
 居住環境を一段ずつ高めていく「居住のはしご」論といわれる考え方だ。フォーラ
ムに参加していた山田さんらはこれに共鳴、アパート転用に踏み切る決心がついたと
いう。
 生活保護が特定地区に集中したら街の活力が低下しないだろうか。横浜市などでは
一部にその懸念が見られるとの指摘もある。ありむらさんらは「野宿問題だけを見る
のでなく、街全体の仕組みをどう変えるかが大切」という。
 改造した簡宿を介護保険のデイケア施設にする。野宿者をヘルパーに育てる。住居
改造の大工仕事を創出する。様々なアイデアが出され、少しずつ実行に移されてい
る。行政は簡宿改造に補助金をつけるなど、地域の人々のこのような動きを積極的に
支援していいのではないか。釜ケ崎は、それを待っているし、それを生かす素地もあ
ると思う。





(C) Copyright 2001, 釜ヶ崎のまち再生フォーラム All rights reserved.